請求書を受け取っていてもそうでなくても、仕事が完了したら代金を支払わなければなりません。これは下請法によって定められていることです。
元請けとして仕事を受け、その仕事を下請けに回しながら協力して請負契約を完遂させるというのは、建設業界では当たり前に行われていることです。
たとえば以下のような流れで仕事を発注するようになると思います。
請負契約を完遂すれば注文者から報酬が支払われ、その報酬から下請けに工事代金を支払わなくてはなりません。工事代金は下請けから送られてくる「請求書」の金額になります。
たとえば自分が下請け業者であった場合、元請けに対して請求書の送付が遅れてしまったとします。そのようなとき元請けは、支払いをしなくてもよくなるのでしょうか。
実は請求書の送付が遅れたとしても、支払いそのものが遅れることは法律違反になります。下請企業を保護するための法律である「下請法」に明記されているのです。
これは建設業に限ったことではないというところがポイントとなります。
ここでは、請求書の支払義務と、元請け側・下請け側で請求書が遅れた場合の対処法についてお話しします。
目次
下請法の大前提 すべての事業者に適応されるわけではない
下請法はすべての事業者に適応するわけではありません。
「原則として発注者(親事業者・元請け業者)の資本金が1000万円を超えている場合には対象となりますが、そうではない場合には適応されない」ということです。
つまり資本金が小さい事業者同士での取引は、下請法が適応されないということになります。
ただし支払わなくてもよいというわけではありませんし、いつ支払ってもよいというわけでもありません。
売掛金が取引先から支払われない、もしくは支払いが遅れている場合には、数多くの対処方法があります。
参照 売掛金を回収できない!未回収問題を解決するための4つの対策
契約書・発注書・請求書が大事
会社間の取引において、契約書・発注書・請求書は大事な書類となります。
これらの書類を作成することで、取引が実際にあったかどうか、どのくらいの金額なのか、いつ発注されたのか、取引は完了したのかなどを第三者が把握することができます。
これにより、万が一売掛金の支払いが遅れた場合でも、そして下請法の適応外の場合であっても、未払いの売掛金を回収する動きをスムーズに行うことができるのです。
以下からは下請法が適応される規模での取引についてお話ししていきます。
下請けから請求書が遅れてても支払義務はある
下ここからは、下請法が適応される規模での取引についてお話ししていきます。
下請けからの請求書が届いていないからといって、代金を支払わないのは下請法違反になります。
また、請求書が到着していることに気づかないまま61日以上後に支払いをした場合も下請法違反となります。たとえ下請企業からの請求書が遅れていたからといって、元請企業の支払義務も遅れて良いということにはならないのです。
考えてみれば当たり前の話でしょう。
たとえば工事を発注者から元請けに対し発注されたとします。元請けは受けた仕事を下請けに発注します。工事が完了すれば、発注者は元請けに対して代金を支払います。
下請けが請求書を元請けに送ったとして、お金をもらえないというのはおかしな話です。なぜなら元請けは発注者よりお金を受け取っているためです。
下請企業を保護する「下請法」
下請企業を保護するための法律が「下請法」です。正式法令名は「下請代金支払遅延等防止法」です。元請企業が下請企業に対して公正な取引を行い、下請企業の利益を保護することで、経済の健全な発達に寄与することを目的とした法律になります。
つまり、元請企業から下請企業に対する代金の「支払遅延」や「不当な減額」といったことを防止するための法律ということです。
下請法に明記されている支払義務
下請法に明記されている条文のうち、遅延に関する内容は以下になります。
第二条の二
下請代金の支払期日は、親事業者が下請事業者の給付の内容について検査をするかどうかを問わず、親事業者が下請事業者の給付を受領した日(役務提供委託の場合は、下請事業者がその委託を受けた役務の提供をした日。次項において同じ。)から起算して、六十日の期間内において、かつ、できる限り短い期間内において、定められなければならない。2 下請代金の支払期日が定められなかつたときは親事業者が下請事業者の給付を受領した日が、前項の規定に違反して下請代金の支払期日が定められたときは親事業者が下請事業者の給付を受領した日から起算して六十日を経過した日の前日が下請代金の支払期日と定められたものとみなす。
参照 e-GOV法令検索:下請代金支払遅延等防止法(外部サイト)
二条の二に書かれている内容の内、注目すべきも文言は「親事業者が下請事業者の給付の内容について検査をするかどうかを問わず」の部分です。親事業者とは元請企業のことです。「給付の内容について検査」の部分が納品書や検品、請求書に関することになります。
つまり、注文者が発注した商品やサービスが注文者に納品され、元請企業が検品した日から数えて60日以内に代金を支払わなければ、下請法違反になるのです。
下請法の対象者 資本金と取引内容
下請法の対象者かどうかは、資本金と取引内容に関わってきます。
この法律で「下請事業者」とは、次の各号のいずれかに該当する者をいう。
一 個人又は資本金の額若しくは出資の総額が三億円以下の法人たる事業者であつて、前項第一号に規定する親事業者から製造委託等を受けるもの
二 個人又は資本金の額若しくは出資の総額が千万円以下の法人たる事業者であつて、前項第二号に規定する親事業者から製造委託等を受けるもの
三 個人又は資本金の額若しくは出資の総額が五千万円以下の法人たる事業者であつて、前項第三号に規定する親事業者から情報成果物作成委託又は役務提供委託を受けるもの
四 個人又は資本金の額若しくは出資の総額が千万円以下の法人たる事業者であつて、前項第四号に規定する親事業者から情報成果物作成委託又は役務提供委託を受けるもの
参照 e-GOV法令検索:下請代金支払遅延等防止法(外部サイト)
これでいうと、「原則として発注者側の資本金が1000万円を超えている場合には対象となりますが、そうではない場合には適応されない」ということになります。
そのためたとえば個人事業主同士の取引の場合は、そのほとんどが下請法には該当しないものとなるでしょう。
また法人から受けた仕事でも、その法人の資本金が1000万円を超えていない場合にはやはり下請法の対象外となります。
下請法の4つの対象業者
下請法の対象業者は以下の4つとなります。
- 製造委託
- 修理委託
- 情報成果物作成委託
- 役務提供委託
契約書のない取引でも下請法に該当する
契約書のない取引でも下請法に該当する可能性があります。
たとえば口頭の契約の場合、当事者同士が合意することで契約は成立します。
契約が成立するため、下請法に該当すると考えます。ただし発注書の交付を行わないと下請法違反とみなされてしまいます。
親事業者には4つの義務がある
親事業者には4つの義務があります。
- 書面の交付義務(3条)
発注するときには、すぐに3条書面を交付する。 - 支払期日を定める義務(2条の2)
下請代金の支払期日を給付の受領後60日以内に定める。 - 書類の作成・保存義務(5条)
下請取引の内容が記載された書類を作成して2年間保存する。 - 遅延利息の支払義務(4条の2)
支払いが遅れた場合には遅延利息を支払う。
120年ぶりに改正された民法について
2020年は約120年ぶりに民法の中にある「債権関連の規定」が改正された年でもありました。
売掛債権の関わる裁判が数多く行われる中で債権関連の規定はどんどんと複雑化していきました。一般の国民にもわかりやすいようになった一方で、下請企業を保護するための観点から改正された規定もいくつかあります。
参照 完成工事未収入金は「売掛金」 未成工事支出金は「仕掛品」
売掛債権の有効期限2年から最大10年になった
請求書に関わる規定の中で大きく変わったのが「売掛債権の有効期限」です。
改正前の規定では、支払期日の翌日から2年間に渡り債権の行使(代金の請求)されなければ、請求書の権利そのものの有効期限が切れ、売掛債権が消失してしまっていました。それが改正後には消滅時効の期間が5年に延長されたのです。その内容が民法第百六十六条の「債権等の消滅時効」です。
民法第百六十六条の「債権等の消滅時効」
条文は以下です。
(債権等の消滅時効)
第百六十六条 債権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。
一 債権者が権利を行使することができることを知った時から五年間行使しないとき。
二 権利を行使することができる時から十年間行使しないとき。
2 債権又は所有権以外の財産権は、権利を行使することができる時から二十年間行使しないときは、時効によって消滅する。
3 前二項の規定は、始期付権利又は停止条件付権利の目的物を占有する第三者のために、その占有の開始の時から取得時効が進行することを妨げない。ただし、権利者は、その時効を更新するため、いつでも占有者の承認を求めることができる。
この改正によって、売掛債権の時効による消滅はほぼなくなるでしょう。5年とはいうものの、二項に書かれている通り、実質的には10年だからです。10年もあれば、債権の未請求があった場合でも気づきやすくなるためです。
請求書の遅れが発生した場合の対処法
請求書の遅れが発生した場合、請求元と請求先では対処方法も異なります。
ここでは元請けと下請けでどのような対処方法を取ればよいのかについてお話しします。
まず考えられるパターンを3つ紹介します。
3つのパターン
請求元:下請企業が代金支払いの遅れに気づいた場合
請求したはずの代金が期日に支払われない場合の対処法です。
まず先方に請求書が届いているかどうかを確認するのが先決です。
もし請求書が何かしらの原因で届いていなかった場合には、再度請求書を送り支払いをお願いするようにしましょう。
もし支払期日が納品日から60日以内であれば、とくに問題ありません。
ところが、もし支払期日が納品日から61日以上経っているのならば、すぐにでも入金してもらう必要があります。なぜなら支払いをしていない請求先である取引先が下請法違反になってしまうためです。
もし請求しても支払ってもらえない場合には、内容証明郵便や催促状を送付することを考えます。それでも支払ってもらえないのであれば、法的措置を考える、もしくは諦めるの2択となってくることでしょう。
法的措置として以下の4つが考えられます。
- 支払督促の申し立て
- 民事調停の申し立て
- 強制執行の申し立て
- 少額訴訟
一般的にはこの順番で進めていきます。
強制執行までいくと弁護士の介入が必要になるでしょう。ただし弁護士が介入したからといっても、裁判所が強制執行を認めるまでには長い時間がかかります。
請求先:元請企業が下請企業から送られてくる請求書が遅れていることに気づいた場合
下請企業から送られてくるはずの請求書が遅れている、もしくは届いていない場合、元請企業としては、まず下請企業に請求書に関する問い合わせを行いましょう。
もし下請側がすでに請求書を発送していた場合は、送り先に間違いがないか、受け取った部署が間違って破棄していないかを確認しましょう。
もし締日が近くなっているのであれば、たとえ請求書が届いていなくてもすぐに入金することが大事です。
もし入金しなかった場合は下請法違反になりますし、下請企業だけではなく、関連企業からの信頼を失うことにもつながります。
請求遅れは企業間の信頼関係を崩すきっかけになりうる
請求関連の問題は、企業間の信頼関係を崩すきっかけになりえます。
請求書発行の遅れは今までであれば担当者同士がやりとりして解決していました。しかし改正された下請法の観点からすると、もし請求書が未達だとしても、代金支払いを遅らせたり、未入金のままでいたりするのはかなりまずいです。
下請法違反である以前に、企業間の信頼関係を崩すきっかけにもなりかねません。下請側、元請側に限らず、請求書の管理は徹底して行うべきでしょう。
参照 完成工事未収入金が回収不能に!正しい対処方法とトラブル対策で会社を守ろう!